伊弉諾 雫 作品集

散文詩・エッセイ・批評・考察・論評

ソラノイロ

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本当の空の色を知りたい


空の輝きの秘密を知りたい





快適な牢獄の隙間に、燃える風の匂いを感じて


届かない天窓に、手を伸ばしてみる


この部屋の住人は、湿った空気に脳をやられて


涎を垂らして恍惚な表情を浮かべる、盲いた囚人





爛れた肉を撒き散らしながら、


「ボクハ、マトモサ」と笑う


「オマエハ、クルッテイル」と嘆く



「ワタシハ、フツウヨ」と笑う


「アナタハ、カワイソウネ」と慰める



「イッショニ、イイ夢、ミヨウヨ」と


腐臭に満ちた声で誘う





俺も腐っていきながら、目だけは必死に凝らしていた


天窓の先、空の青さの向こう側で


透明が俺が微笑んでいた




何故、俺は微笑んでいる?


俺は、何を見て微笑んでいる?


そこで俺は何を見ている?


「教えてくれ!!」




叫びが俺の腐肉を焼く


あの風の匂いがする


透明な俺のいる、あの場所から吹く風





吹き抜けざまに、声なき声が脳に響く


灰になるまで燃やし尽くして


空に舞って宙に融けろ




あの風は囁き続ける


本当の空の色を、探れ


空の輝きの秘密を、探れ、と。

凍傷

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僕にはもう指がない。


絶対零度の氷の壁と


格闘しているうちに、ちぎれて失くした。


壁の向こうには君がいた。


指のない紫色の腕にむけて、


壁越しにそっと、手を重ねてくれた。




「モウ、ジュウブン、ヨ」


そう、微笑んでくれていた。


透明なガラス玉のようなその笑顔、


傍にいて守りたかった。




壁を壊せると思っていた。


向こう側へ行けると信じていた。


僕には君の求めているものが…


君には僕の探しているものが…




こんな壁など絆のもとに、


簡単に壊せると信じて疑いもしなかった。


そして、同じ夢を見ていた。


静かに寄り添い、指を絡めあいながら眠りにつく、


そんな夢を…。




でも、もう、


僕には指がない。


腕も思うように動かなくなってきた。


舌はまだ廻るようだけど、


口からこぼれるものは的外れなものばかり。


氷の壁の冷たさは、どんどん僕を侵食してゆく。




<キミヲ、ダキシメタカッタ>


僕の腕の中で、君を守りたかった。


二人の描いたささやかな夢は、


氷の壁の破片となって、


やがて脳をも紫色に変えてしまうのだろう。



カラダの自由が奪われてゆく度、


同じように還らぬ時が削げ落ちてゆく。


君はあの時の笑顔のままだろうか…?




<キミヲ、ダキシメタカッタ>


一度でいいから、


温もりに、触れたかった…


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悪魔の証明

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私は攻撃する


あらゆる嘘を暴き出すために


私は攻撃する


事象の双極性を顕らかにするために



生命は光ではなく、闇に瞬く借景の輝き



私は攻撃する


人の実存は、あるがままであることだと解き明かすために


私は攻撃する


巧妙に洗脳する、仕組まれたからくりを撃ち砕くために



見よ、知らぬ間のだぶついた、甘やかなる魂を




私を攻撃せよ


この身を以て証明する。破壊し尽くされてなお、残るものがある、ということを


私を攻撃せよ


放熱の輝きは、双極の中庸からのみ、生まれ出ずるものであるが故



全ての持ちたる存在よ、持たざる者の在り様に、収奪不可能な創造を知るがよい


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夢見草

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秒速5㎝の花吹雪、全ての悲しみに降りそそげ
秒速5㎝の散沙雨、全ての糧の肥やしとなれ



桃色の夢幻に魅了され、
手折る人々は数知れず



傷跡は脆く腐り易くあることを、
手折る人々は露知らず



葉桜の季節になる頃は、人々は別の夢を見る



年速5㎝で、静かに傷を癒してゆく
次の春に咲くために


年速5㎝で、両の掌を伸ばしてゆく
次の春に舞うために



大地に根ざす純潔は、穢された夢の浄化への祈り



秒速5㎝の散沙雨、儚き生と、輪廻の理
秒速5㎝の花吹雪、消えることなき、夢となれ


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「白紙」

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見えるよね?



       君が、失くした



                  「タイセツ」
  
     
                                 な、ものが…


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